Have I Got A Little Story For You?


Pearl Jamの『TEN』は、生まれたばかりのバンドによる生まれたばかりの赤ちゃんのようなアルバムです。まだ眼もろくに視えず、耳は聴こえていてもつかんだ音が何なのか判断することもできず。その迷走っぷりたるや尋常ではなく、当時のシアトル勢の特徴である重厚でえげつない音造りからは逆行。OVERプロデュースにもほどがある仕上がりは、はっきり言ってあんまりかっこよくないです。
それにも関わらず、このアルバムが多くの人々の心に響いたのは、この右も左もわからない赤ん坊が当時の誰よりも大きく声をはりあげて泣きわめいていたからではないでしょうか。
人間は生まれてすぐ、大きく息を吸い込んだあとでひたすらに泣きます。よく知られていることですが、このとき赤ちゃんが訴えている感情は他でもない〈不快感〉なのだそうです。ぬくぬくふわふわした母胎の超快適無重力スペースから一転、突如としてしんどいことだらけの世界にさらされ、いやだいやだと赤ちゃんは泣くのです。
『TEN』の楽曲で表現される感情は、まさに産声をあげる赤ん坊のそれと同じもの。ネイティヴにさえ「ぜんぜん聞き取れない」と言われるエディ・ヴェダーの慟哭をつなぎあわせ、さらに難解な歌詞の行間を読んだ末に浮かび上がってくるストーリーは、母親に虐待される少女、授業中の教室で狂気に陥る少年、近親相姦、そして殺人など、いずれも苦痛に満ちたものばかりです。
そして、それだけでは終わらなかったのがこのアルバムの、ひいてはパール・ジャムのすごいところでして、ただ泣くだけ泣いてぱたりぱたりと倒れていった他のバンドとは違い、彼らだけは唯一、まだ小さくかよわいその手で必死に生にしがみつこうとしたのです。
たしかに赤ちゃんは「こんな世界に生まれてきていやだ!」と泣いているのかもしれませんが、同時にきっと「でもこのまま死ぬのはもっといやだ!」と思っているはずで、つまりひっくり返せばそこにあるのは何よりも強い生命力。自身の辛い体験をそのままそっくり曲に託し、それでもなお“I'm still ALIVE”と歌ったエディの心中にも、同じような強烈な生への執着が渦巻いていたのではないでしょうか。
そんな人類にとって最もプリミティヴな感情が何倍にも増幅されて詰め込まれたこのアルバム。その楽曲の持つ普遍性は絶大で、リリースから20年近いときを経た今でもライヴのハイライトでプレイされ、その度に新たな命を吹き込まれており、懐メロとなるどころかますます強靭に研ぎ澄まされています。こういった形で進化を遂げているバンドというのを、おれは他に知りません。それ故に何度アルバムやライヴ盤を聴いても飽き足らず、新たなグッズが出るたびに財布のヒモをゆるめてしまい・・・ってこれは流石にいいわけですけど。
とにかく『TEN』はそれぐらいすごいアルバムなんですよ!そしてすごいアルバムなのに音がものすごく微妙。というかおれ個人の好みで言ったら〈ダサい〉部類に入るぐらいもっさりしてます。自分も最初に買って聴いたときには一切理解できず、むしろあの日あの時あの場所でライヴを観て、その後再び聴きかえしてようやくハマれたぐらいなのです。一度ライヴ補正がかかってからは、それこそおサルさんを比較対象にするのもアホらしくなるぐらいリピートしまくった、というか現在進行形でしまくっているわけですが。
そんなかんじで今まで人には非常にすすめにくかった『TEN』、今回のリイシューではそのもっさり感が見事に解消されています!リマスター盤は基本的にオリジナルに忠実なテイストですが、ブレンダン・オブライエンによるリミックス盤ではかなり大幅なテコ入れがなされており、これがすばらしい。
エディの声は息遣いまで感じ取れるほどクリアになっており、さらにバンドのサウンドもしっかり各パートの聴きわけが出来るようになりました。ストーンとマイクのツインギター・アンサンブルも、今まで埋もれてしまっていたジェフ・アメンのグルーヴィなベースも、ばっちりバンド・サウンドとして堪能できるようになっています。
PJのファンにはもちろんのこと、かつて『TEN』を聴いてピンとこなかった人にも、まだPearl Jamを聴いたことのない人にも胸を張ってオススメできる作品。是非ともおれのアフィを通じて多くの方に手にとっていただきたいです。歌詞やバンドの背景が非常に重要な作品なので、入門者むけのしっかりとしたライナーの付いた国内盤がリリースされていれば、もっとよかったのになあ。それでも2CDの通常盤でも2千円ちょい。一枚1000円ぐらいなのでお得ですよ!

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お給料入ったら通常盤も揃えなきゃ!(末路)